東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1195号 判決 1979年9月17日
原告
(ミシガン州)
バロース・コーポレイシヨン
右代表者
ケネス・エル・ミラー
右訴訟代理人
福田彊
外四名
被告
タエヨング・チユングこと
鄭泰龍
右訴訟代理人
中込尚
同
安野一三
主文
アメリカ合衆国コロンビア特別行政区の(アメリカ合衆国)地方裁判所が、昭和四七年四月二七日言渡した別紙判決に基づき、原告が被告に対して強制執行をすることを許可する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実《省略》
理由
一原告が昭和四五年一一月ころ被告に対しアメリカ合衆国コロンビア特別行政区の(アメリカ合衆国)地方裁判所に売掛代金請求の訴を提起したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右裁判所は昭和四七年四月二七日被告に対し、別紙記載<省略>のとおり金5万4326.20ドルの支払等を命ずる判決(本件外国判決)を言渡し、右判決は同年六月二八日ころ確定したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
二そこで、民訴法二〇〇条各号の要件について検討する。
(一) わが国には民事事件について一般的に外国裁判所の裁判権(管轄権)を否定する趣旨の法令又は条約はなく、またアメリカ合衆国コロンビア特別行政区の(アメリカ合衆国)地方裁判所が原被告間の売掛請求訴訟について、後記のとおり同裁判所の管轄権を認めた被告に対して裁判権を行使することを否定する法令もない。
(二) 原告の前記訴訟提起当時被告が日本国籍を有していたか否かは明らかでないが、後記のとおり、被告はアメリカ合衆国において現実に原告から訴状の送達を受け、かつこれに応訴したのであるから、いずれにせよ二号の要件を充足していることは明らかである。
(三) 三号の要件については、同号にいう「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサルコト」とは外国裁判所の判決内容のみならず、判決の成立手続もわが国の公序良俗に反しないことを要するものと解すべきであるところ、本件外国判決は被告に対して売掛代金の支払を命ずるものであつて、その判決内容をみても何らわが国の公序良俗に反する事情は認められない。
そして、判決成立手続についてみると、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
原告は、被告のほか、当時被告が代表取締役を務めていた訴外タエ・ヤング・サ・インコーポレイテイツド(以下、訴外会社という。)外一社をも共同被告として、前記売掛代金請求訴訟を提起し、被告及び訴外会社は昭和四五年一二月一四日各々直接その訴状を受領した。そして被告及び訴外会社らは、アメリカ合衆国コロンビア特別行政区において資格を有するウオルター・エイチ・スウイーニー弁護士に右訴訟事件を委任した。同弁護士は被告及び訴外会社の訴訟代理人として、昭和四六年一二月一〇日アメリカ合衆国コロンビア特別行政区の(アメリカ合衆国)地方裁判所に出頭し、その管轄権を認めた。同裁判所は右同日、原告と訴外会社間において訴外会社に対し金四万七〇〇〇ドルの支払を命ずる同意判決を下し、右判決は昭和四七年一月一一日ころ確定した。そして同裁判所は、被告に対し、宣誓供述のため出頭命令を発し、スウイーニー弁護士は電報等により当時離米中の被告に対しその旨及び、出頭命令に応じない場合不利な判決が下される旨を伝えたが、被告は正当な理由がなく出頭しなかつたので、本件外国判決が下されるに至つた。
以上の事実が認められ、本件外国判決の成立手続がわが国の公序良俗に反するとすべき特段の事情の存在も認められない。被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比し容易に採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて本件外国判決の成立手続についてもわが国の公序良俗に反する事由はないものというべきである。
(四) 最後に民訴法二〇〇条四号の要件について検討する。
鑑定人池原季雄の鑑定結果によれば、アメリカ合衆国コロンビア特別行政区における外国判決の承認の要件は被告の主張欄(一)1ないし10記載<編注、1 その判決をした外国の裁判所が管轄権を有していたこと。 2 その裁判手続において、被告に対し適法な告知が行われ、或は被告が任意に出頭する等、被告に充分な防禦の機会が保障されていたこと。 3 その外国裁判所の審理が正規の主張、立証に基づき、文明国の認める法則に適つた公正な手続によつていたこと。 4 その裁判が外国人に対しても公平な司法を保証するような法制のもとで行われたこと。 5 その裁判が明確に正規に記録されていること。 6 その判決が詐欺によつて取得され、或は偏見に冒されているとみられるような特別の理由がないこと。 7 国際法の諸原則や礼譲からみて、その判決に承認が与えられてはならないような特別の理由がないこと。 8 その判決をした国がアメリカ合衆国コロンビア特別行政区の裁判所の判決に同様な条件で承認を与えるという保証、即ち相互の保証が欠けていないこと。 9 その判決が、判決国法のもとで既に確定している終局判決であること。 10 その判決が承認する側のアメリカ合衆国コロンビア特別行政区の公序に反しないこと。>のとおりであることが認められ、右認定を左右する証拠はない(なお、この点については当事者間に争いがない。)。
そして、右1の要件はわが国の民訴法二〇〇条一号と、また8ないし10の要件はそれぞれ同法二〇〇条四号、五一五条二項一号、二〇〇条三号と同一であるのに対し、右2ないし7の各要件についてはわが国の民訴法上直接これと一致する規定を欠いていることは明らかである。しかしながら、民訴法二〇〇条四号が掲げる相互保証の要件は、国際関係における衡平を図るためのものであるが、わが国と諸外国とは互いにその法制度を異にしているのであるから、外国裁判所の判決の承認の要件につき、あらゆる事項にわたつて外国の基準がわが国のそれと対比し常に同一か又は寛大であることを要するとするのは、いたずらに外国裁判所の判決の承認を狭めるものであつて、渉外生活関係が著しく発展、拡大し、国際化時代ともいうべき今日の国際社会実情からみて妥当とはいえず、渉外生活関係の法的安定のため旧法よりその要件を緩和した現行民訴法二〇〇条四号の解釈としても、相互保証の要件は必ずしも厳格に解する必要はなく、わが国と外国との間の判決の承認の要件が著しく均衡を失せず、それぞれ重要な点において相互に同一性が認められる場合には、民訴法二〇〇条四号にいう相互保証の要件を充足するものというべきである。
そこで本件についてみると、前記2ないし7の要件は、被告の防禦権の保障及び偏頗な裁判でないことなど、いずれも自らの文化的、社会的経験に根差した社会通念からみて、外国判決が手続、内容とも公正かつ適正であることを要求するものであるが、他方わが国の民訴法二〇〇条三号も前述のように判決内容のみならず、判決(成立)手続についてもわが国の公序良俗に反しないことを要件とし、これにより、わが国の社会通念からみて外国判決が手続、内容とも公正かつ適正であることを要求しているものと解せられるから、それぞれその重要な点で同一性があり、2ないし7の要件は個別的、具体的ではあるが、わが民訴法二〇〇条三号の要件より著しく厳格な要件を課しているものとも認められない。なお、わが国の民訴法二〇〇条二号が日本人たる被告への送達について規定している関係上、被告の防禦権の保障等の手続事項は同条三号の公序の対象にはならないようにもみえるが、被告の防禦権の保障は、対審構造による当事者主義を基調とするわが国の民事訴訟の基本原則であり、また手続の公正は、裁判制度の根幹ともいうべきいわゆる裁判の公正に連なるものであるから、少なくとも送達関係以外の被告の防禦権の保障等の手続事項についても、なお右公序の対象に含まれているものと解される。
従つて、右2ないし7の要件の一を欠く場合直ちにその判決がわが国の公序良俗に反するものとはいえない場合があるとはいえ、右の各要件のいずれかに該当し、その結果右各要件が求める判決の公正、適正を揺るがせ、わが国の公序良俗に反する事由が認められる場合には、その判決は承認が拒絶されるものであるから、結局右2ないし7の要件はわが国の民訴法二〇〇条三号の要件と著しく均衡を失せず、重要な点において同一性があるというべきである。
以上のとおりであるから、わが国とアメリカ合衆国コロンビア特別行政区との間には、民訴法二〇〇条四号にいう相互の保証があると解するのが相当である。
三以上のとおり、本件外国判決は、民訴法二〇〇条の条件を具備し、同法五一五条二項には該当しないから、原告の請求は理由がある。
よつて、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(篠原幾馬 和田日出光 佐藤陽一)